有森裕子の今【元女子マラソン 銀メダリスト】

マラソン2大会連続メダリスト「有森裕子」

岡山県岡山市の出身の有森裕子(ありもり・ゆうこ)さんは、1992年バルセロナ五輪女子マラソンで日本人初の銀メダル、1996年アトランタ五輪でも銅メダルを獲得した、日本プロランナーの草分け的な存在です。

彼女は、1966年に岡山県生まれ、高校は地元の就実高校へ入学します。そして、高校か日本体育大学卒業までの7年間を陸上部で過ごします。当時は、なかなか芽がでない無名のランナーでした。大学卒業後は、実業団へ入り競技を続けます。

そして、有森さんは、1990年の大阪国際女子マラソンへ出場し、初フルマラソンでありながら日本記録を更新、6位入賞でゴールします。続く翌年(1991年)の大阪国際女子マラソンでは、2時間28分01秒(2位)でゴールし、日本最高記録を更新します。ここから彼女は、日本陸上界期待の星となります。

輝かしい成績を残す一方で、バルセロナ五輪の代表選考を巡る大騒動が起きる

有森さんは輝かしい成績を残した一方で、1992年のバルセロナオリンピックの女子マラソン選考で大騒動が起きています。

五輪の代表枠は3つ、既に、世界陸上選手権女子マラソンで日本人トップの2位入賞(銀メダル)の山下佐和子さんが代表内定します。続いて2人目は、大阪国際女子マラソンで日本最高記録を更新し優勝していた小鴨由水さんが代表確実となります。

そして、1つのオリンピックの代表を巡り、有森さんと当時の女子陸上界のヒロインだった松野明美さんの2人が、激しい火花を散らします。当時、松野さんは、世界陸上選手権女子マラソンで小鴨さんに続き2位でゴールし、有森さんが持っていた日本最高記録を上回るタイムでゴールしていました。

1992年バルセロナ五輪の女子マラソン代表選考 北京オリンピック : nikkansports.com
日刊スポーツの2008年北京オリンピック(五輪)特集、1992年バルセロナ五輪女子マラソン代表選考での出来事です。

しかし杜氏は、代表選手を選ぶ明確な選考基準が無かったため、代表枠を巡り世間を二分する大騒動に発展します。結果、マラソンの実績があった有森さんが代表に選ばれ、日本初の日本女子マラソンのメダルを獲得することになります。

バルセロナ五輪女子マラソンの銀メダルは、ハプニングを乗り越えての獲得

有森裕子

1992年のバルセロナ五輪女子マラソン本番での有森さんは、大会当日の朝、コンタクトレンズの片方を無くすというハプニングに襲われます。彼女は、コンタクトレンズが無いと視力が0.05以下、コンタクトレンズを付けず走れば選手との距離感も分からない、給水も困難となります。しかし、スペアのコンタクトレンズはありません。

彼女は、全く見えないよりも少しでも見えた方が良いと考え、片方だけコンタクトレンズを付けスタートします。片方のレンズだけではしっかり見ることができず、ロシア勢が飛び出して先頭集団を築いたことも分からなかったそうです。

しかし、彼女は、30Km付近で3位集団から抜け出してスパートし、銀メダルを獲得しました。

アトランタオリンピック、執念のメダル

有森さんは、1996年のアトランタオリンピックにも出場します。

しかし、バルセロナからの4年間は、紆余曲折があります。彼女の「オリンピックに出場してメダルを取る」という夢が実現したことで、次のオリンピックへなかなか気持ちが切り替えることができませんでした。

そこで、走れば次の目標が見えるかもしれないとチームでの練習を開始しますが、マラソンランナーの職業病とも言われる足裏が痛む「足底腱膜炎」になってしまいす。彼女は、手術を決意、1994年11月から1995年1月まで病院で過ごすことになります。

退院後は、アトランタオリンピックの選考レースの1995年夏の北海道マラソンに出場し、なんと大会記録で優勝します。選考条件をすべてクリアした有森さんは、オリンピックへ出場することになります。そして、銅メダルを獲得し、レース後のインタビューでは「自分で自分を褒めたい」と言い、当時の流行語にも選ばれました。

有森さんは、長く辛い印象のあるマラソンというスポーツにおいて、結果を残した素晴らしい選手と言えます。

ランナーとして現役を退いた今も、明るく健康的な笑顔の有森裕子さん

有森さんは現在、どんなお仕事を中心に活動されているのでしょうか。

彼女は、2007年にプロマラソンランナーを引退します。1998年NPO法人「ハート・オブ・ゴールド」設立し、代表理事就任。

特定非営利活動法人 ハート・オブ・ゴールド 国際協力NPO Hearts of Gold
特定非営利活動法人ハート・オブ・ゴールドは「スポーツを通じて希望と勇気をわかちあう」ことを目標としたNPO法人です。

2002年4月アスリートのマネジメント会社「ライツ」(現在の株式会社RIGHTS. )設立しています。

rights
株式会社ライツ スポーツ選手の講演会、アスリートへの各種出演依頼

現在は、講演会、スポーツ教室、解説者などテレビでも活躍されています。そして、有森さんは岡山県岡山市で開催されている岡山マラソンで、スペシャルアンバサダーとして、大会への参加、大会運営面での助言、コースの見どころ紹介や大会PRなどもされています。

株式会社アニモ
株式会社アニモは、スポーツやアスリートが持つポテンシャルを最大限に引き出し、ビジネス・社会貢献・文化事業など様々な分野での活躍につなげるアニモ(応援)をします。

岡山マラソンでは、全日本マラソンランキングでも上位に上がる人気の市民マラソンです。同大会は、有森さんと一緒にフルマラソンを走ることができる大会です。ぜひ、日本を代表する元マラソン選手と一緒に走ってみてはいかがでしょうか。

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