山口洋子さんの人生【一流クラブのママ、作家、作詞家】

はじめは俳優兼ホステスだった

山口洋子さんの誕生日は昭和12年5月10日。出身地は愛知県で、妾の子供として産まれたために母子家庭で苦労した洋子さん。

15歳から身分をごまかしてお座敷にあがり、好きでもない客に処女を売りました。当時のお金で2万円ですから、現在では5万円くらいでしょうか?当時はガリガリだったそうです。少しでもお金になるならばと、身銭をきって働いていました。

そのお金で東映ニューフェイス4期生に選ばれましたが(山口さん17歳わき役ばかりでした。通行人の役でハイヒールで歩き、その颯爽とした姿は女優として良い演技だったそうです。

女優を辞めた理由は、同期生の女優に給料を盗まれたからです。

その人の被害に遭われた女優はたくさんいたのですが、現行犯じゃないので何も言えずに悔しかったとのことです。盗まれたお金でその女優は赤いハイヒールを買い、山口さんはキッパリと俳優業から身を引きました。

また、同時にホステスとして働いてもいました。

それは、自分で店を持つためで16か17歳から、東映と両立させていました。ただし東映は嫌な思い出が多く、先に記載した給料を盗まれた事件もあり17歳で辞めてます。

姫という店

山口さんが後に書いた小説「女主人」にある一節で、お金も溜まり、お世話になった店のマネージャーに「とうとう店を持つことが出来たね」と惜しまれながらも「」を開店しました。と記述があります。このお店は小説では(ロン)となっています。

山口洋子

19歳で姫を開店し、カウンターが4つにボックスが2つという狭さですが、以前勤めていたお店の時からの馴染みの客も増え、赤字でもなんとか経営してきました。

最初は1人で経営していましたが、だんだんと店が軌道にのり、最初の店よりも広い店になってきました。さすがに1人ではたくさんのお客様を相手に出来ないため、ホステスはもちろん、マネージャー(男)まで雇える超一流のクラブにまで登りつめていきます。

苦労した時代

店は東京の銀座でしたが、店賃を払えなかったり、ホステスの給料まで払えそうになくて切羽詰まった時に、質屋に宝石(指輪)を売ったりして、店が軌道にのるまでは金銭面でゆとりがありませんでした。

姫のホステスは顔、スタイル、礼儀作法のしっかりした女の子しか雇いませんでした。それで一流のホステス集めの資金繰りにも苦労していました。ミス・東京の女の子をホステスにしたかったために、支度金の事で、「●●という店では50万円も多いよ」とその子の母親に言われて、どうしてもお金を集められそうになくて悔しくて涙を飲んだ事もあったそうです。

また、バンス(前借り)があるのにライバル相手の店の方が給料が良いために引き抜かれてしまったこともあります。

姫のママが若いという事が広まり、次第に芸能人も「姫」に集まるようになり、かの石原裕次郎さんが店内で一般のお客様と口喧嘩になり、そこから店の外へ出て殴り合いのケンカをした事もありました。

ホステスさんとの交流を大切にし、夏休みとして旅行を催したり、ママ役としては気の抜けない日々を送ってこられました。そんな「姫」も山口さんが作詞家としてデビューし忙しくなったために、ママ業を譲られて1週間に1度だけ顔出しとミーティングをするだけになりました。1993年に経営権を譲られました。

作詞家&作家としての人生

私が山口さん本を手にしたのは16歳のとき、「愛されかた知ってますか」でした。

このこの本は思春期だった私に物凄く影響を与えてくれました。それと、「ところで、もう1杯」もおすすめです。1巻から5巻まであります。

山口さんは付き合っていたプロ野球の選手に怪我させられた話や、自分がつきあっている男性のネタが多くモテる女性でもあります。

なかでも「エンペツ」さんは有名です。「俺の事を書くな!」としょっちゅう原稿を覗かれていたそうです。

エンペツさんには彼女がいて「女の考えている事が分からない」と山口さんによく愚痴をこぼしていたと書かれていますが、反対に女性からすると「男の考えている事が分からない」という意見は多いと思います。

だからこそ、「愛されかた知ってますか」は男性に読んで欲しくない女の裏心なのですが、売れ行きが良くて女心を見透かされてしまっています。これ以上男性は読まないで欲しいと願っています。

山口さんの本では他に、直木賞を獲得した「演歌の虫」や「老梅」などベストセラーもあります。

また、作詞家としては、五木ひろしさんの「よこはま・たそがれ」が有名です。

五木ひろし – よこはまたそがれ(橫濱暮色) 1080i

山口さんもなかなか売れない五木さんがやっとデビューしたことで、涙を流すほど感慨深い思い出になった曲のひとつだそうです。石原裕次郎さんの「ブランデーグラス」も有名です。

訃報をきいて

山口洋子さんは平成26年(2014年)1月に誤嚥性肺炎が発覚し、入退院の繰り返しをしていました。

そして同年、9月6日に呼吸不全で亡くなりました。

お葬式も密葬で行いますとだけ報道され驚きました。享年77歳、まだまだ長く生きて欲しかった人でもあります。
波乱万丈でいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた山口洋子さん。その名は永遠に語り継がれると思います。

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