伊藤俊人の魅力「地味だけどいい仕事してた!名バイブレイヤー」

伊藤俊人(いとうとしひと)さんは、1989年から2002年頃まで活躍された俳優さんです。

脚本家・映画監督である三谷幸喜さんの劇団【東京サンシャインボーイズ】の劇団員でもあり、ドラマ『古畑任三郎』シリーズや『王様のレストラン』、『ショムニ』など、数々の大ヒットドラマに出演し、名脇役として活躍しました。

2000年にドラマ『ショムニ』のスタイリストだった女性と結婚しますが、そのわずか2年後、40歳という若さで、くも膜下出血によりこの世を去ってしまったのです。

伊藤俊人さんが亡くなった日は、奇しくも『ショムニ FAINAL』の撮影数日前だったということで、出演者やスタッフのみなさんは涙を流していました。

今回は、惜しまれながらも若くして亡くなった、名バイブレイヤー・伊藤俊人さんの魅力について、筆者が語らせていただきたいと思います!

特技はタップダンス!

伊藤俊人さんは、日本大学藝術学部演劇学科を卒業したものの、最初は演劇の世界には入らず、就職してサラリーマンとしての生活を送っていました。

ですが、大学の同級生だった三谷幸喜さんは、伊藤俊人さんの才能を高く評価しており、会社を辞めて劇団員にならないか?と誘ったそうなんです。
あの三谷幸喜さんから才能を認められていた…というのがもはやすごいです。

そんな伊藤俊人さんは、世界的なタップダンサーであるフレッド・アステアに憧れていて、ご自身もタップダンスを特技としていました。

Three Little Words (1950) – Mr. and Mrs. Hoofer At Home

ちなみに、タップダンスとは動画のように、タップスと呼ばれる金属板がついた靴を履いて、つま先とかかとを使って音を鳴らしながら踊る、とても高度なモダンダンスのこと。

動画で踊っている男性が、タップの神様フレッド・アステアです。

最近ではカジュアルな服装をしてタップダンスを踊ることも多いですが、アステアの得意なスタイルは、タキシードにシルクハットを被って踊るスタイル。

伊藤俊人

※シド・チャリシーと共演した『バンド・ワゴン』(1953年)

伊藤俊人さんもこのスタイルがとても好きで、エレガントに踊っていたそうです♪

残念ながら、伊藤俊人さんがタップダンスを踊っている姿は残されていないのですが、舞台に出ている時には、アドリブでタップダンスを踊ることもありました。

演じる役の幅が広い!

数々のヒットドラマに出演していた伊藤俊人さんですが、特筆すべきはやはり、“演技力の高さ”でしょう。

その証拠に、伊藤俊人さんは各ドラマでまったく違ったキャラクターを演じています。

『ショムニ』…野々村課長役。

権力を持っている者には媚びを売り、嫌味な性格。伊藤俊人さんが得意とするコミカルな演技が映え、どこか憎めないキャラクターに仕上がっていました。

Ura_Shoムニ1_1

こちらからは、『ショムニ』のNGシーンなどを見ることができます。

高橋克実さんとのコンビも、ドラマの名物になっていました!

『古畑任三郎』シリーズ…科捜研の技官である桑原万太郎役。

西村まさ彦(当時は西村雅彦)さん演じる・古畑任三郎の部下、今泉巡査との軽妙な掛け合いが話題になりました。インテリ系でありながらも、今泉のバカ騒ぎにしぶしぶ付き合う、という面白いキャラクターです。この役は、伊藤俊人さんの演技力の高さが多くの人に認知されるきっかけになりました。

西村まさ彦さんと。2人は【東京サンシャインボーイズ】時代からの劇団仲間でした。

今泉慎太郎 ライオネル 西村雅彦 伊藤俊人

いつまでも観ていられそうな軽妙なやりとりです♪

『王様のレストラン』…世渡り上手のギャルソン、和田一役。

物語の舞台となるレストランの中で、若手のギャルソン(給仕)役を務めた伊藤俊人さん。
作中では、伊藤俊人さんの歌のうまさを生かし、従業員に合唱始指導をする、というシーンが追加されたというエピソードがありました。

伊藤俊人

はきはきしたセリフ回しと、俊敏な動きはさすが舞台出身者!という感じです。

『王様のレストラン』も、脚本を三谷幸喜さんが担当しています。
主演は松本白鴎さん(当時は松本幸四郎さん)。このドラマが好きすぎて、筆者はDVD-BOXを持っています。

トレードマークの黒縁メガネ

伊藤俊人さんと言えば、ほとんどの役柄で黒縁メガネを着用しており、それが彼のトレードマークになっていました。

晩年はドラマの役柄だけでなく、舞台の上でもメガネを着用していました。
なんでも、「目が大きいので、メガネがないと怖い顔になってしまう…」と思っていたのだそう。

伊藤俊人さんは男性にしては小柄(167cm)ということもあり、自分の雰囲気にあったキャラクターを模索する中で、黒縁メガネにたどり着いたのだと思います。

突然の死と、愛に溢れた告別式

そんな伊藤俊人さんですが、2002年にくも膜下出血のため、40歳という若さでこの世を去ってしまいます。

当時、伊藤俊人さんは奥様の栄子さんと結婚したばかりで、まだお子さんもいらっしゃらなかったのだとか。

亡くなる前日マネージャーに「頭が痛い」と言い、そのまま病院に運ばれて、亡くなってしまったそうです。
伊藤俊人さんが運ばれた病院には、親友の三谷幸喜さんはもちろん、劇団時代の仲間たちが駆け付けたそうです。

この時のことは、三谷幸喜さんも自身の著書の中で触れており、悲しみが伝わってきます。
劇団の仲間たちは何より…まだ新婚ほやほやでひとりぼっちになってしまった奥さんの悲しみは、いかばかりか。

ですが、その後行われた伊藤俊人さんの告別式は、「楽しいことが大好きで、いつも明るい伊藤俊人さんが喜ぶような告別式にしよう!」と劇団仲間が集い、劇団仲間はもちろん、学生時代のたくさんの友人が代わる代わる弔辞を読む、という一風変わった告別式になったようです。

別れの涙より、故人との思い出を懐かしんで、笑い声の絶えない明るい告別式だったのだとか。
伊藤俊人さんが、生前どれだけ愛されていたのかがわかりますよね。

そして、お葬式のBGMには、大好きなフレッド・アステアの音楽が流されていたそうです。

最後に

この記事では、名脇役の伊藤俊人さんの魅力についてご紹介しました。
伊藤俊人さんが亡くなってから、今年で18年。

今でも、彼を懐かしむ人々はあとを絶ちません。

優れた俳優は、たとえ亡くなっても、いつまでも愛されるんですよね。

伊藤俊人さんの名演技は、多くの人の心の中に残っているはずです!

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