杉山清貴&オメガトライブと静岡の関係

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はじめに

杉山清貴&オメガトライブといえばその爽やかなサウンドから逗子、葉山、湘南の風景が思い浮かびます。

私が初めて杉山清貴&オメガトライブを聞いたのは、小学校の高学年の頃でした。

その頃、日本海側の県に住んでいた私は、荒れ狂う冬の日本海とは真逆の太平洋の海を、杉山清貴&オメガトライブの曲でイメージしていました。初めて太平洋を見たのは中学の修学旅行です。

東京から鎌倉に向かうバスから見た太平洋は、まさに杉山清貴&オメガトライブにでてくる太平洋のイメージそのものでした。

ふたりの夏物語 杉山清貴&オメガトライブ

その後、静岡が好きになり、たまに行くようにました。日本海側と違い静岡は冬でも青空、太平洋も青色。

でもなぜか杉山清貴&オメガトライブの海ではないのですよね。当たり前といえば当たり前なのですが、駿河湾は駿河湾。逗子、葉山、湘南ではないのです。

同じ太平洋側でも、静岡は杉山清貴&オメガトライブとは繋がることはないのだなと、少し残念に思った事を
覚えています。しかしその後、少し静岡と杉山清貴&オメガトライブの繋りを見つけてうれしくなりました。

オメガトライブの前身

1980年に前身となるバンド「きゅうてぃぱんちょす」でヤマハポピュラーソングコンテストに入賞します。

次のコンテストでは落選しますが、プロデューサ藤田浩一の目に止まり、1983年4月、プロデューサー藤田の
第1弾プロジェクト「杉山清貴&オメガトライブ」としてレコードデビューします。

その後、数々のヒットをとばしますが、1985年プロデューサーとメンバーとの方向性の違いにより、解散します。

杉山清貴&オメガトライブの曲を主に手掛けた作詞家、作曲家

杉山清貴&オメガトライブの曲を主に手掛けた作詞家、作曲家といえば作詞家の康 珍化(かん ちんふぁ)さん、作曲家の林 哲司さんがあげられます。

まことに勝手ながら、私はこのお二人を首都圏出身の方々なのだろうと当然のように思っていました。ところがこのお二人どちらも静岡県出身なんですね。

康 珍化は浜松市、林 哲司さんは富士市出身です。

静岡県出身のこのお二人からあのアーバンでシティなAORサウンドがうまれるとは。

確かに浜松市は今では政令指定都市。静岡県の中では都会的といえば都会的な感じを個人的にはもっています。ただ富士市に関しては申し訳ないのですが、個人的には都会的なイメージはありませんでした(でも大きな市であることは間違いいありませんが)。

ただお二人とも大学は首都圏。康 珍化さんは短歌をやり、1970年代に若手歌人として注目されました。

一方、林 哲司さんは幼少の頃から兄の影響で米国のポップスを聴いて育ち、20歳の頃にヤマハが主催する音楽スクールに入り、その後ヤマハの音楽雑誌「ライトミュージック」のの編集などに携わっています。

ちなみにお二人は上田正樹さんの「悲しい色やね」でも作詞、作曲コンビです。

某番組(雑誌?)で、もし関西出身の方がこの曲を手掛けたらもっとこてこてな感じになり、あんなにアーバンな
感じにはならなかったのではというコメントを見かけたことがあります。ですので首都圏出身ではないけれども、
ある程度大きな地方都市で育った方が、ある程度の環境で学んでいき、実際に首都圏で育っていないからこそ得られる想像力がうまく重なったことも、アーバンでシティなAORサウンドができた一つの要因だったのかもと勝手に思ってしまいます。

ヤマハポピュラーソングコンテスト

ヤマハポピュラーソングコンテストは、ヤマハが行っていた音楽コンテストで、ポプコンと呼ばれていました。

ポピュラーソングコンテスト - ヤマハ音楽振興会

ヤマハといえば、浜松市に本社がある日本を代表する楽器メーカーです。かつポプコンが行われていたのは静岡県
掛川市にあるつま恋。そして杉山清貴&オメガトライブの前進である「きゅうてぃぱんちょす」が入賞し、デビューのきっかけになった大会もこのポプコンというのは上記に書いたとおりです。

ここでも静岡県と杉山清貴&オメガトライブの繋がりがあったということですね。

最近の杉山清貴&オメガトライブ

2004年、杉山の呼びかけにより杉山清貴&オメガトライブが再結成し、NHKホール、愛知厚生年金会館、大阪厚生年金会館にておいて、コンサートを行いました。

2018年、日比谷野外大音楽堂での杉山の野外ライブを、デビュー35周年記念として杉山清貴&オメガトライブ名義にて行いました。

2019年には12会場13公演に及ぶ全国ツアーを開催しました。ちなみにこの再結成ライブがあったことはこの記事を書いていて知りました。

ライブ行きたかった。心からそう思います。以前、杉山清貴のソロアコースティックライブは行ったことはあるのですが、それも最高でしたから。ましてやそれがオメガトライブならどんなだったのか・・・。残念です。

Island afternoon | 杉山清貴 オフィシャルウェブサイト
杉山清貴オフィシャルウェブサイト「Island afternoon」 各種メディア出演、ライブ情報など

最後に

上記に記載したとおり、私は小学生の頃から杉山清貴&オメガトライブが大好きです。

自分の好きなバンドと自分との繋がりが少しでもあるとうれしいものですが、好きな静岡と、杉山清貴&オメガトライブの繋がりを見つけたときはうれしく感じたものでした。

さらに今回調べていくと、浜松市とヤマハと杉山清貴&オメガトライブという繋がりもでてきました。私自身少しですが、浜松市やヤマハさんにお邪魔した事もあったりして、その点でも勝手に繋がりを感じてうれしく思いました。

そして今回一番うれしかったのは、日本海側の県に自分が住んでいた高校時代、組んでいたバンドで、TEENS’ MUSIC FESTIVALの県予選に出場したことがありました(残念ながら本選にはでれませんでしたが)。

そのTEENS’ MUSIC FESTIVALはポプコンを引き継いだ大会だったということでした。つまり私は杉山清貴&オメガトライブがでた大会にでていたということです(本選にもでれなかったし、名前もかわっていますが)。

これに関しては静岡と全く関係がないので、余談ということになってしまいますが、私にとってこの記事を書いた最大収穫はここでございました。

 

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